2020/3/4 名古屋ウィメンズマラソン2020
注目選手AMGC最上位の野上恵子
スピードと経験を自信にベテランが五輪代表に挑戦

 3月8日に行われるMGCファイナルチャレンジ女子最終戦の名古屋ウィメンズマラソン。松田瑞生(ダイハツ)が1月の大阪国際女子マラソン優勝時にマークした2時間21分47秒を上回れば、東京五輪代表が内定する。
 今大会参加選手中、MGC最高順位の5位に入ったのが野上恵子(十八銀行)である。自己記録は2年前の名古屋でマークした2時間26分33秒だが、野上にスピードがないわけではない。小林祐梨子(1500m日本記録保持者)らスピードランナーを多数輩出している須磨学園高出身で、実業団5年目(2008年)には5000mで15分28秒47と、その年の日本リスト7位の記録をマークしている。
 7年後の15年に初マラソンに出場。マラソンで実績を積むとともに、トラックの記録は低下するパターンの選手が多いが、野上は18年に15分24秒70(日本リスト7位)と10年ぶりに自己記録を更新。昨年も15分28秒82(同11位)で走るなど、33歳でもスピードはまったく衰えていない。
 “マラソンの持久力”をつければ、中間点を1時間10分前後で通過するのは難しくない。
課題は引いてしまうところ
 名門高校出身だが、野上は個人種目でも駅伝でも、全国大会で活躍したことがなかった。競技実績がないことに加え、性格が控えめのためか強気の走りができない。
 十八銀行の吉井賢監督は「これまでのマラソンは10km、15kmで引いてしまうことが多かったんです。行けるところまで行って、自分の殻を破ることが目標」と、昨年3月の東京マラソン前に話した。
 10km、15kmというのは勝負どころよりも前に、という意味だ。18年アジア大会は銀メダルと健闘したが、前年の世界陸上金メダリストのR・チェリモ(バーレーン)の25kmでのペースアップにつけなかった。しかしラスト2.195kmは7分21秒と、チェロノを23秒も上回った。
 昨年の東京マラソンは寒さと雨の影響もあって、2時間38分23秒もかかったレース。引いた引かない、より前の問題だったが、9月のMGCはアジア大会と似た形になった。
 ハイペースではあったが、1km地点で参加選手中最初に集団から離れた。左脚のシンスプリントで夏の練習ができなかった影響だったが、中間点で8位に上がると、35kmまでにはワコールトリオを抜き去って5位に浮上。ラスト2.195kmは7分53秒で、優勝した前田穂南(天満屋)を上回った。
 終盤の失速を怖れてペースを抑え、最後に最速ラップを刻む。野上に限らず、慎重な性格の選手に見られる傾向だ。野上自身も自覚している部分で、自社ホームページの2019年の抱負の欄に、今年の漢字は“挑”と掲載している。MGC前々日会見でも、“挑”の一字をフリップに書いた。
 だが、挑む気持ちが強くなりすぎても、走りに力みが出てしまう。野上が勝利をつかむとすれば、ベテランが1つ1つ積み重ねてきた経験で、自然体で“挑む”走りができたときではないだろうか。
マラソンを始めて故障も克服
 野上は競技人生の早い段階から、日本代表が見えていたわけではない。能力がなかったわけではなく、入社5年目がそうだったように、少し練習ができれば15分30秒を切ることができた。前述のように08年の日本リスト7位のタイム。日本代表を狙っても不思議ではないが、「私にとって代表とは、長崎県代表のこと」という意識だった。
 背景には故障の多さがあった。何度も引退を考えたが、高木孝次前監督から「まだお世話になった人たちに恩返しができていない」と言われて走り続けた。前チームの廃部(休部?)で十八銀行に移籍した際も、十八銀行での競技生活でも、多くの人に支えてもらっていた。
 地道なリハビリトレーニングに耐え、何度故障をしてもトラックに戻ってきた。十八銀行のスタッフは「野上は1年の半分は、故障で走っていなかったから競技寿命が長い」と話しているほどだ。
 初マラソンは2015年の名古屋ウィメンズで29歳だった。それ以前に3〜4回はマラソン練習をしたが、故障でスタートラインに立てなかった。翌16年も故障でマラソンを走れなかったので、マラソンを始めてすぐに故障がなくなったわけではないが、30歳を過ぎて故障が減り始めたのは事実だ。
「ジョグのときにリラックスして、筋肉の疲労をとる走り方ができるようになりました。元々、力を入れるクセがありましたが、今はマラソンの後半まで力を残すことも重要なので、できるだけリラックスしています」
野上恵子のマラソン全成績
回数 月日 大会 順位 日本人 記 録
1 2015 3.08 名古屋ウィメンズ 6 4 2.28.19.
2 2015 7.05 ゴールドコースト 2 2.29.34.
3 2017 3.12 名古屋ウィメンズ 12 9 2.32.01.
4 2017 8.27 北海道 2 2 2.30.11.
5 2017 11.26 アジア選手権(中国・東莞) 2 1 2.29.05.
6 2018 3.11 名古屋ウィメンズ 5 3 2.26.33.
7 2018 8.26 アジア大会 2 1 2.36.27.
8 2019 3.03 東京 20 8 2.38.23.
9 2019 9.15 MGC 5 5 2.31.14.
 前向きな気持ちも、並行して芽生えてきた。
「苦しい時に『きついきつい、もう走りたくない』と思っていたのが、ポジティブに『これを走り切れたら強くなれる』って思うようになりました。どうせ同じ距離を走るんだったら、やっぱり気持ちが良い方がいいじゃないですか。そう思えるようになったことが大きいですね」
 2017年8月の北海道マラソンは、前田穂南(天満屋)に逆転されてMGC出場権を取れなかったが、11月のアジア選手権マラソンに出場して2位。駅伝シーズンに開催される大会のため多くの選手が回避する大会だが、31歳でついに代表を経験した。
1つ1つ積み重ねてきたことを自信に
 2時間25分以内の記録は持っていないが、野上の武器はスピードと、ここまで挑戦し続けて来た経験だろう。まだ結果には結びついていないが、昨年の東京のように速いペースに挑戦しようとしたマラソンもあった。
 今回、名古屋ウィメンズまでの準備が完璧だったわけではない。10月のプリンセス駅伝後にシンスプリントが再発して「3週間ほど治療を優先」(吉井監督)せざるを得なかった。12月の山陽女子ロード(ハーフマラソン)は1時間11分55秒にとどまった。
 それでも1月には短いスパンで40km走と45km走を行うなど、新しい練習パターンにも取り組めた。スタミナに自信を持てれば、元々持っているスピードを生かすことができる。
 野上はアジア大会のときのアンケートに、代表入りができた要因として「自分の成長を信じて走ること」と記入している。小さな目標でも、目の前のことに1つ1つ、真摯に取り組んできたから五輪代表を狙えるまでに成長できた。
 ラストチャンスを前に重要なのは、自分を信じることだろう。練習も、ここまでの競技への取り組みも。信じることができれば、MGCファイナルチャレンジのハイペースを、自然体で走ることができる。
 初マラソンを走り、その後の競技人生を変えた名古屋で、野上は初めて、ハイペースのマラソンと五輪代表入りに“挑む”。


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